大安禅寺

法話。お坊さんのお話と聞くと固く構えてしまうものがあります。
説教、説法という風に言い換えることが出来るため、肩肘張って、身構えて聞くものといったイメージがあるのもよくわかります。
また、単に聞いたことがないという方も少なからずいらっしゃると思います。


しかし、当山の法話はユーモアを交えて仏教を分かりやすく説くものとなっています。
例えば当山、天蓋下の御利益は、質問攻めに遭うというものです!で始まる副住職の法話は、そのユーモラスな語り口から、知らず知らずの内に話の中へ引き込まれていきます。



仏教。仏様の教えは、今、日常生活の中で全く話題に上ってきません。またテレビ・新聞ではほとんど聞くことも読むこともありません。確かに仏様の教えなど、便利な現代では必要ないと思われているかもしれません。しかし、私はそれは違うと思っています。どんなに便利な世の中になったとしても、我々の悩むことはそれほど変わっていない様に思えるからです。そして必要な話だからこそ、当山の法話に毎回多くの方々がご参加いただいているのだと思っています。法話は生まれて来たからには、それを全うしたいと考え、悩む我々だからこそ、聞きたくなる話だと思います。

(職員 加藤)



|2018,06,27, Wednesday 05:54 PM |
 
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