大安禅寺
今日も遠い所より当山に多くの方が足を運んでくださりました。近畿方面からや北陸は富山からと、本当に感謝の一言です。


私は法話をさせてもらうに当たって、皆様が聞き終わった後に少しでも「このお寺に来て良かった。法話が聞けて良かった。」と思ってもらえるように心掛けてお話しています。

勿論法話ですから、仏教からの観点からお話しするのですが、その観点自体もう日本文化のようなところもあるので身近な話がそのまま「禅」の世界に繋がったりするわけです。



「禅」とは何か?それは極シンプルに生きることへの喜びを知るものかもしれません。人生は表裏一体ですから、苦しいからこそ楽しいと言い切れる心作り。でもそれさえ自分で気付かなければ納得できません。また今日と言う一日を過ごすことを感謝できることも自分が腹から味わなければ何の意味もありません。しかし、人はそれを外に求めます。求めるが故に悩み苦しみ戸惑い、自分を見失うのです。「求める」のでなく、「気付く」ことが大切なのです。そして、それが禅の基本でもあります。

答えは外でなく、常に自分の中にあるのです。「オギャァ!」と生まれた時から「ウン」と死ぬこの人生中、いつも答えは自分の中にあります。

そして、今日も私は法話をさせてもらう立場でありながら、聞いて下さった人生の先輩の「来て良かった。法話ありがとうね。」の言葉に多くを学び励まされるのです。


(大安禅寺副住職)






|2014,02,26, Wednesday 04:36 PM |
 
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