大安禅寺
今日の大安禅寺は団体様の予約もなく久し振りに穏やかな一日を過ごしております。


さて春風が心地良い季節ではありますが、朝晩に限ってはまだまだ冷え込みが厳しいですね。
これから穏やかで過ごし易い季節を迎え、坐禅三昧といきたいところですが。環境汚染に大気汚染は待ったなしです。私も花粉症になって十年、毎年この季節になると花粉と黄砂に悪戦苦闘しているのですが、それだけならまだしもここにきてPM2.5の問題が世間を賑わしています。

人間はあらゆる成長を求め、その犠牲に自分を生み育んでくれた天地自然を汚染し、また自らの首を絞めていく面白い生き物です。いったい私たちは本当にどこへ向かおうとしているのでしょうか。ただただこう言った問題は悲しい思いになるばかりです。子を持てば尚更で、良いものを次世代に残したいと思うのですが、実際に国が我ら大人が作り上げているものは多大なる問題ばかり…。これでは夢を持てとは言い難いものです。しかし、問題は外にあるとばかりに、外へ目を向けてもいけません。私たちは、常に移り変わりゆく諸行無常の世に在ります。それはいつの時代も同じです。ならば、一番変わらなければいけないのはやはり自分自身です。そして問題もその答えさえも自分の中に有るものです。

「野火焼不尽 吹春風又生 (野火焼けども尽きず 春風吹いて又生ず。)」 (白楽天)

夏に青々と生い茂った野原も冬には野火で焼かれ灰燼に帰してしまうけれど、不思議に春になれば、灰燼が養分となり春風に吹かれて、また芽を出し青々と茂る。

私達も一緒です。生命が有る限り煩悩妄想と言うものは尽きることはありません。それは社会も同様で、その中は人間の欲が常に蠢いている場所です。いくら問題になって追い払っても尽きない。まさにこの禅語の通りです。

禅とは「気付き」です。答えを求めるのでなく、自ずと具わっている本来の自分の輝きに気付くところです。禅では煩悩妄想が即ち菩提、悟りであるとよくいいます。それには、実践体験からなるその「気付き」が必要なのです。理屈で解るものでは決してありません。本来より素晴らしい輝きをみせる自己を曇らせる煩悩を掃除する。毎日毎日が修行でなければいけません。難題から言い訳をして逃げるのは簡単です。出来る事だけをしていても成長はありません。常に自問自答し生き切ることを大切にしなければならないのです。そう、春風を起こすも起こさぬもあなた次第なのです。

(大安禅寺副住職)



|2014,02,28, Friday 02:04 PM |
 
大安禅寺