大安禅寺
梅雨が明けたと喜んでいたら、猛暑が待っていました。暑さになれる間も無く、照り付ける日差しが厳しい。

大安禅寺ではお盆の季節を迎え、市内檀家様の棚経が始まっています。

また来る8月15日に予定しています「盂蘭盆大施餓鬼会」の準備のため総代会を開きました。

コロナウイルスの影響でここ1年以上まともに行事を行えていませんが、縮小しながらも継続して執り行えていること自体、世の中の現状を考えれば有難いことだと実感しています。



それも全て、総代様はじめ御檀家様のご法愛の賜物と感謝の極み、とくに「盂蘭盆会」は亡き人と心通わし、ご先祖様も自分自身も救われる大切な行事です。
コロナ禍にあって、改めてご供養の真意を見つめ直す機会が多くなりました。



供養のもとの言葉は「供給資養(くきゅうしよう)」と書きます。心からお供えをし、自らの資本となる心を養うことです。

妙心寺の管長を務められた山田無文老師はご自著の中で「自分の一生をだれかのために、何かのためにささげて、『よかったなぁ、幸せだなぁ』とわかるような僕が発見されたら、それが本当の『僕』だと思う。」と書かれています。この言葉は、ある日、一人の少年に「本当の自分とは何か?」という質問を受けた時に答えられたものだと記されていました。。
「自分を捧げる」とは、言葉にする以上に実践することは難しいと感じる人のほうが多いかもしれません。とくに自分本位の考えが先行する現代にあっては。

ですが、この言葉は大それた行動を言っているわけではありません。日常で私たちが、普通に行い感じている心境だと思います。

例えば、笑顔で「おはよう」と言えば相手も笑顔で「おはよう」と返してくる。その笑顔に自分自身の心もまた和む。
お盆で言えば、お墓参りに行って、お墓を洗い、香を焚き、手合わせるだけで心がすっきりする。

いずれも、大切なのは自分の心から発信する「主体性」なのです。その行動に大きいも小さいもありません。人や環境のせいにするのではなく、自分の為すべき務めを、先ずは心を込めて為すだけです。

ですが、これだけ世間が騒がしいとなかなか、その素直な自分に気付けないものです。だからこそ、御仏壇やお墓にて静かに手を合わせることは、一旦自分の心と向き合うひと時なのです。そして、そのご縁を御先祖様が作って下さる。毎年毎年、必ずお盆のこの時期に。こんな有難いことはありません。

わが命の尊さに目覚め、その命の繋がりのご縁に感謝し、ご先祖様にたくさんお供えをして、自分の心を養う大事なお盆。

皆様も是非、今年のお盆には大安禅寺へお参りください。

大安禅寺 髙橋玄峰 合掌




|2021,07,19, Monday 09:55 PM |
 
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