坐禅は、「ただ座る」ことが大切だと申します。
しかし、この“ただ座る”という、あまりに単純なことが、実はなかなかできません。
そこにこそ、坐禅の難しさがあり、また興味深さがあります。
いざ座ってみると、次から次へと考えが湧き起こってきます。
昨日のこと、明日の予定、誰かの言葉、自分への不満。
静かにしているはずなのに、心の中は実に賑やかです。
さらに姿勢が崩れれば、足や腰が痛み出し、
「もうやめたい」「少し動こうか」と思いが生まれる。
こうした自分の内側で起きる感覚や思考が、
「ただ座る」という行為から私たちを遠ざけていきます。
けれども、それらはすべて、
自分の中で起きていることです。
言い換えれば、
自分で自分の心を騒がせ、
自分で自分の静けさを妨げているのです。




私たちは時に、自分の思考さえも他人や環境のせいにしてしまうことがあります。
苦しいことや悲しいことがあれば、その原因を自分以外に向けたほうが、一時は楽かもしれません。
けれども、それは糸のもつれを外へ押しやっているだけで、肝心の結び目はそのまま残ります。
絡まりすぎた糸を解くには、時間と丁寧さが必要です。同じように、絡まりすぎた自分の心を解くにも、逃げずに見つめる静かな時間が要ります。
坐禅とは、その“もつれ”に気づく時間なのだと思います。
そんな坐禅にいざ挑戦!!
ということで本日、地元の高校野球部の皆さんが坐禅実践に参加してくださいました。







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