大安禅寺
大安玄峰和尚の雑記

「かたよらない心 こだわらない心 とらわれない心
ひろくひろく もっとひろく これが般若心経 空の心なり」

この言葉を、ご存知の方は多いと思いますが、奈良県薬師寺は元管主であった高田好胤師の言葉です。私自身も常日頃からそう有りたいと思うのですが、実際はと言えば、様々な事に振り回されて一喜一憂しながら毎日を送っています。ですが、それでも良いんだと思います。唯一無二の「私」として両親に生んで頂いたのですから、偏って拘って囚われて生きるのも又人生の味わい方なのではないでしょうか。そんな、どうしようもない私を生きれるのも、やはり「ワタシ」だけですから贅沢な事です。とどまらずに生きて行く、その喜びを浅学菲才を顧みず書き留めていこうと思います。他愛もない日記であったり、法話であったりしますがどうぞご容赦ください。
大安禅寺 髙橋玄峰 合掌


「仏前結婚式」
2018・11・15(木)


「和尚さん突然すみません。実は、お願いがあります。この度、籍を入れた記念に大安禅寺のロケーションを使って写真撮影をしたいのですが。可能でしょうか?」

と、ある日、一人の女性に懇願されました。

その女性は、お寺の諸々のデザインをお願いしているデザイン会社ANTENNAの小林さんのご縁で知り合った子でした。数年前から度々、お寺に訪ねて来るようになり、最近は坐禅会にも参加していましたから、その報告が素直に嬉しく。

「それは、おめでとう!!お目出度い事だね。いいですよ。」

「折角だから仏前結婚式も出来るだけの事をして、その様子も撮影したら?」

ということで、今回、出しゃばって私が仏前結婚式にて夫婦の契りを取り持つことになりました。そして、打ち合わせを重ねて、本番当日・・・。

天気は、雨の予報が外れ晴天なり!紅葉も映えて、式、写真撮影には持って来いの佳き日となりました。

式では、お二人が仏前にてご先祖様に結婚の儀をご報告し、これよりお互いに支え合う旨の「誓いの言葉」を述べられる姿には、心打たれるものがありました。

晴れ姿のお二人を迎え、お寺にて喜びのひと時をご一緒できたことで、改めて結婚が、大変幸せなことだと実感しました。懐かしくも自分の時の事を、ついつい思い出してしまいました。

式には様々な形がありますが、仏前結婚式は、「感謝」を奉げることに尽きます。ご先祖様、ご両親、縁故の方々に今日という特別な日を迎えられたことを感謝し、そして、お互いに誓い合う。つまり、「縁」を大切にし夫婦が心一つに、一如になることを決意する式です。

撮影も終始、和やかに新郎新婦の幸せ溢れる笑顔を見る度にこちらまで温かくなりました。これよりのお二人のご多幸を心から祈念しております。


「大いに祝いたい。」
2018・11・13(火)


今日も、職員と共に庭の掃除。

気候がいいので掃除も心地よいものになりました。また、明日は友人の結婚式の写真撮影を大安禅寺をロケーションとして使用し行うので、いつも以上に気持ちが入りました。

そこで、やはり気になるのは天気・・・

予報は雨・・・

ですが・・・

そんなの関係ありません!!

いいじゃないですか!雨の時んば雨に準じて喜びのままに撮影すればいいんです。

私は精一杯、庭の掃除をして最高のコンディションにしておくのが役割。

また、ささやか乍ら仏前結婚式を挙げたいと思います。

先程、「敬白文」と「誓いの言葉」を、ご両人の幸せを念じて書かせてもらいました。これを以って、明日は修復前の本堂で、心は晴れやかに盛大に祝って差し上げたいと思います。


「迷いが消える禅のひとこと」
2018・11・10(土)


禅語とは、禅家が使う言葉として紹介されるが、別の言い方をすれば、一瞬の「心の有様」を表したものだと私は考える。

それは人とし人の、生きた言葉。だから、自分次第で禅語の味わい方は変わる。

しっかりと自分自身と向き合うからこそ、気付ける味わいが禅語にはある。

気付けなければ、それで終わり。でも、言葉としては永遠に生きた言葉。

生きた言葉に出会うには、まず自分で自分を生かしていこう。

躓いて、苦しくて、挫けそうになっても、頂いた1度きりの人生だから、自分の足で歩むことを止めなければ、生きた言葉に必ず出会える。

今回、私は一冊の本を読んで、改めてそう確信した。

手前味噌だが、修行道場の先輩であり、現在も公私ともにお世話になっている東京龍雲寺住職細川晋輔和尚の新著「迷いが消える禅のひとこと」

今日、手元にわざわざ届けて下さった。本当に有難い。

私事だが、今まで自分自身の転機を迎える機縁には、必ず細川和尚の存在があった。修行中も、自坊に戻って悩んでいる時も、恥ずかしながら布教師の試験を受けることに怖気ついていた時も、優しくも厳しく含蓄のある言葉をいつも掛けて下さった。本人は気付いておられないだろうが、どれだけ助けられたか分からない。

そんな自然と発される細川和尚の一言を思い返せば、いつも見て下さっていたのだと感じる。

その細川和尚が、厳選した“52”の「禅語」が、本人の観点から紐解かれ味わい深く、この著書には記されている。

著書の冒頭には、「よそいきではなく素足で読む禅」「この本で大切にしているのは「間」です」と書かれているように、それは、細川和尚の理解を押し付けるようなものでは無く、まるで詩を読んでいるような気分にさせられ、声に出して朗読したくなる衝動にまでなった。

細川和尚自身が、素足(丸裸の心)で実感し、めぐり合ってきた禅の心が、素直に一言一句に溢れている。

私個人、色々思い出しながら、一気に読んでしまった。

そして読み終えたと時に、自分自身の在り方を考えさせられた。

同時に、心が軽くなっていた。

著書の最後は、こう締めくくられる。

「しあわせは、いつも目の前にある」

そして、「本書で、みなさんがこころ豊かに生きていくお手伝いを少しでもできたのでしたら、著者として、禅僧として、これほどうれしいことはありません」と。

細川和尚は、尊敬する先輩であるが、同じ禅僧でもある。そのことに、烏滸がましいが自分は悔しく思った。このままで私はいいわけがない。

この著書を通して、自分の足元を更に掘り下げる機縁を頂いたように思う。

そして、自分の一言を吐きつづけよう。何事も一歩進めないと始まらない。

皆様、是非ご一読いただきたい。

皆様の人生を、豊かに生きていく心の杖になる一冊です。

また、挿絵が可愛い。それにしても、表紙の細川和尚が似すぎ(笑)


「記者発表」
2018・11・9(金)


今日は、私の人生の中でも大事な日となりました。

大安禅寺が、重文指定を受けてから10年、これまで文化庁の視察、国・県・市の協議を重ねた結果、約12年に渡る保存修理事業が今年度より開始されます。

その事業開始にあたり、本日記者会見の場を設けたのですが、有難いことに、多くの報道関係者の皆様がご参集下さりこれよりの大事業をより多くの人に知って頂く良いスタートが切れたように思います。

ちなみに対象となる建物は、本堂・庫裏・開山堂・開基堂・山門・鐘楼・宝蔵・塀中門と計8棟に及びます。言わば、大安禅寺ほぼ全てのお堂が、約360年これまで空襲や震災、また大雪の被害などを乗り越え、創建当初の面影を現在に伝える貴重な福井の文化遺産です。

しかしながら、やはり老朽化の跡は多く見られ平成29年度には、修理工事のための調査を実施しました。その結果、破損の進行が随所に見られ、大規模な保存修理が必要な状況であると判断され、今回、国、県、市のご指導の下、約12年にわたる修理事業を開始することとなりました。

また、この度の事業は国より「特殊修理事業」の対象と判断されました。これは福井県内初の大事業でもあります。特殊修理とは、高度な専門的調査が必要とされる建造物や、特殊な技法によって再現・修復が必要なものが対象となり、同時に長期の工事を要する国宝・重文の修理事業のことです。

ただいま、国のその区分対象になっているものは、滋賀県の延暦寺、京都府の二条城、清水寺また栃木県の日光東照宮などを含む12件のみです。大安禅寺は、その対象となりました。つまり、大安禅寺の価値はそれと同様であり、これより福井の看板となる文化遺産だということです。

何よりも今回、個人的に胸を打ったのは、父親が会見の場で語った「この修復事業は、先代(祖父)からの夢だった。緊張感をもって進めていきたい。」との言葉です。

「農禅一如」このような言葉はありませんが、正に祖父はこの言葉のような暮らしで卑山を護持してきました。藩主の菩提寺ともあり、明治以降、財政的には大変厳しいお寺でした。ですから、今のように、境内はまだ整備されておらず、ほぼ畑と田んぼでした。山には炭小屋があり、炭を作り市場に売りに行き支えてきたのが事実です。それでも、祖父はお寺を護持する為に、自分ができることを精一杯、禅僧という根っ子をもって歩んできた足跡があります。そして、父親である住職が減反政策を機に、花菖蒲を植え「花菖蒲祭」を開催したり、観光として門戸を開き、法話や坐禅を通して布教に努め、多くの人が集うお寺へと変化させていきました。その祖父、父親が各々の形で、身を粉にして復興に尽力してきた背中を見て育った私ですから、覚悟を決めて、私が引き継ぐ番です。命を賭して、この事業に取り組んでいきたいと思います。それが、祖父の夢を確かなものにすることであり、少しでも恩返しになればいいと思っています。

そして、素直に後世に良いものを遺したいのです。これからの時代、必ずお寺が重要な役割を担う場所になります。大安禅寺が、福井の心の道場として、いかなる時も人の役に立つ存在となるお寺になるよう頑張っていきたいと思います。
是非、福井の方は、明日の各社新聞に今日の記者発表の事が掲載されると思いますので、ご一読下されば幸いです。


「のびのびと生きる」
2018・11・6(火)


2ヶ月ほど前のことですが、福井県立ろう学校の中高等部の皆様と共に書道パフォーマンスを実技させてもらうご縁を賜りました。それも、大書です。

私自身、書に関しては素人なのですが、ろう学校で先生を務めている友人の願いともあり恥を忍んで講師を受けました。

この大書の目的はと言うと、先日の10月27日に行われた文化祭のメインイベントとして友人が企画したものです。文化祭のテーマである「団結」を私が大書し、そのテーマに対して生徒さん各自が心の柱にしている言葉を大書しました。その作品を、文化祭当日に親御さんや先生方に披露されるということで、私も気合を入れて伺いました。

当日、生徒さんは大書が初めての子ばかりで説明中も、緊張した面持ちだったので、

「大丈夫!!思いっきり書けばいいんだよ!」と偉そうに私は言葉を掛けていましたが・・・

いやはや何を隠そう実際に、それ以上に緊張していたのは私の方で、悟られまいと必死に隠していたのは内緒の話です(笑)

ですが、始まってみればなんのその!!生徒さん皆が、初めてとは思えないほど、大きな筆を躊躇なく堂々と使いこなすんです。それに、上手い下手に囚われることなく、伸び伸びとした力強い字を書いていくではありませんか!!

その、一所懸命に書かれる姿には、本当に心から感動しました。そして、言葉にできない感情まで込み上げてきて、反対に私の絡み着いた緊張の糸は解れ、「何事も楽しむ」という人として大事なことに気付かせてもらいました。いつの間にか私が、生徒さんに教えてもらう立場になっていました。

・・・一番囚われていたのは自分だったと反省しています。残念ながら、私は仕事で文化祭当日には伺えず、その披露式の様子は知れぬままでしたが、昨日友人が、わざわざDVDにその一部始終の動画をダビングして、お寺に持ってきてくれました。

その映像には、生徒さん一人一人が、大書に込めた思いを伝えている様子が映っており、純粋なそのメッセージに心打つものがありました。精一杯に咲く花のように、精一杯の自分で書したからこそ伝えられる言葉があります。親御さんたちもさぞ感激されたことでしょう。

花はなぜ美しいのか ひとすじの気持ちで咲いているからだ

詩人・八木重吉の詩です。

ひとすじの気持ちに、上手い下手もありません。私達には、それぞれの役割があります。その役割は、みんな違います。だからこそ面白く味わいがある。でもその根底には、ひとすじの気持ちで精一杯に生きる心が輝いています。

ですから、テーマである「団結」の「団」の「くにがまえ」を、私はあえて円(○)にして書きました。○は点の集合であり、その点に生徒さん先生、私自身を表わして一つになっていく思いを込めました。

ですが、生徒さんにその意図を伝えなくても皆さん、ひとすじの精一杯の字を書いて下さり心から団結した時間を送ることができ、尊いご縁を賜ったことに心より感謝しています。

これからも生徒さんには、自分の力を信じて、ひとすじの気持ちで書いた字のように、のびのびと生きることを大切にしてほしいと願っております。


「歩歩是道場(ほほこれどうじょう)」
2018・11・4(日)


一歩一歩が尊い我が道場である。

私達は、足元を疎かにすることが多いように思います。特に、社会にあっては競争社会ですから上を目指す、天辺を目指すことばかりが常用視されます。それはゆくゆく頭打ちの時が来ます。しかし、一歩一歩の歩みには、終わりがありません。歩みを止めない限り続いていく、進めばとにかく目的地に到着します。到着し、歩を進めれば、そこが出発点にもなる。頭ごなしに考えるよりも、先ずは何事も歩を進めなければ始まりません。

 「道」          松下幸之助

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがいのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。なぐさめを求めたくなる時もあろう。

しかし、所詮はこの道しかないのではないか。あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくもこの道を休まず歩むこ
とである。

自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか。
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。
それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。

これは、Panasonicの創始者である松下幸之助の言葉として広く知られたものです。私の道は私しか歩めない、それは時に緩やかで、時に険しいものでありますが、進まなければ分からない私の人生という道です。その道を「休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。」この一節が私は大好きで大切にしています。

この「道がひらける」、「喜びが生まれると」いうことは、自分だけのことではなく、私に関与する全ての人の喜びに繋がっていくことであることも含まれているように思います。つまりは私自身を生かし、全てを生かしていく道こそ私達の人としての一歩でなければいけません。それは、足を進めるだけが、一歩ということではなく心の一歩が大事だということです。

千利休居士の孫である、千 宗旦居士に次のような有名な話があります。

ある日、京都紫野に在る大徳寺山内のお寺の住職が、庭先に咲く一輪の真っ白い玉椿があまりにも見事なので、小僧を呼んで「宗旦師匠に届けてくれんか、一輪しかないから気をつけてなあ」と言い付けます。小僧は言われた通り、大切に抱きかかえるようにして山内の道を急ぎましたが、石につまずいた拍子に花がぽろりと落ちてしまいました。「ああ、しまった!どうしよう・・・」と、それでも花を拾って掌にのせ、叱られぬはせぬかと涙を流しながら歩いているうちに千家の門に着きました。そして、出てきた宗旦師匠にありのままの話をして、謝りながら、椿の枝と花を手渡しました。

寺に帰り着いて和尚に謝ろうとしますと、和尚は既に外出しており、その帰る途中に宗旦師匠の元に訪ねると言い残して既に留守にしていました。一方、和尚は千家に訪ね茶室に通されますと、そこには床柱に椿の枝が生けられ、花が床の間にふんわりと置かれています。一幅の絵のようで、えも言えぬ風情です。あらわれた宗旦師匠に「こよなき御趣向
です。」と愛でて辞します。

和尚が帰ると、小僧が朝の失策を詫びるので、始めて宗旦師匠の思いやりに気付くのです。また小僧の正直な行為も嬉しく、叱るどころか、心から賞めてやりました。落ちた花、小僧の正直、和尚の好意、全てが生かされる道、相手(人)を、物を生かす「はからい」こそ、大切だとこのエピソードが教えてくれます。

歩を進めるというのは、自分の心を相手の心に織り込んでいくことでもあります。それが、私を生かし、全てを生かしていく一歩になるのです。

勿論、宗旦居士のような振る舞いが難しく思えても、そう心がけて心の一歩を進めていくことは誰にでもできることです。

一度きりの私の人生ですから、もう戻らぬ昨日を悔いることなく、何が起こるか分からぬ明日を不安に思うのでもなく、先ず今日の私を真心こめてしっかりと使い切っていくことが、なにか一つの喜びを生む事に繋がる一歩になる。そう信じて生きれば、それが歩歩是道場の人生と言えるでしょう。


「創建以来初めての開山大愚禅師ご出杖」
2018・11・3(土)


当山を開山された大愚宗築禅師は、江戸初期の禅僧です。当時の仏教については、江戸幕府の成立も有り、寺院の地位などが保証される制度がなされ、伽藍の整備や、経済的に潤うも、肝心な中身である仏法の護法においては衰退の一途を辿っていました。そのような時代にあった大愚禅師は、禅宗においても坐禅が廃れ、蜜参禅のみが世の中の風潮になりつつあることを危惧し、悟りを求めて諸方の師を訪ね参禅する「遍参」という禅宗本来の修行形態を復活させようと「仏教復興運動」を起こしました。その生涯は妙心寺派の復興に大いに貢献することとなり、全国に36ヶ寺を開山復興し、「大愚下三十六刹」と呼ばれるほどでした。共に運動に尽力したことで有名なのが、妙心寺の開山である関山慧玄禅師以来の伝統を守り抜き、住職にもなった愚堂東寔禅師と、伊達政宗に帰依され宮城県松島の瑞巌寺の住職となる雲居希膺禅師です。当時は、臨済宗妙心寺派の三傑と呼ばれるほど復興に尽力されたことで知られています。

その大愚禅師が最後に創建開山されたのが、大安禅寺であり、今も裏山に大愚門下の祖師方と共に静かに眠られお寺を見守って下さっています。

そして、何よりも大安禅寺創建の機縁になったのは、大愚禅師その人柄に深く傾倒し、心の師として帰依された福井藩4代藩主松平光通公の存在です。光通公は、江戸幕府将軍家康公の曾孫にあたる親藩大名です。祖父は、武勇高いことで知られる結城秀康公と、徳川家の血を脈々と受け継がれていることから、才知に富み福井藩の基盤を作る政を行なった名君として知られています。ただし、時代の無常さか最後は自刃し世を去るという悲劇のお殿様でもあります。

語れば、限が無いのでこれ位にして、一つだけ光通公が大安禅寺を創建するにあたり大愚禅師との約束がありました。

「祖先と両親への恩を忘れない為に、永代にそのご供養をしていく覚悟をもって建立すること。」

それは妙心寺開山である関山禅師の「請う其の本を務めよ」という教えが根幹にあるように思います。それも、妙心寺派の復興運動に尽力した大愚禅師らしい一言に思います。その思いに、同調し光通公も大安禅寺を「永代菩提所」という福井藩全てのお殿様をご供養するお寺として建立されました。ですので、当山には徳川家の「葵の紋」と初代結城秀康公の育ての親である豊臣家の「五七の桐の紋」が一緒に奉られている日本唯一のお寺です。

大安禅寺の歴史を語るというのは、そのまま福井の歴史を語ることと同意と言っていいほど歴史的価値のあるお寺です。しかし、恥ずかしながら、そのお寺を護持する立場にある私がその重要性に気付いたのは修行道場から戻ってきて、本格的に寺史を調べ始めてからです。同時に、このお寺を守ってきて下さった和尚様方と檀信徒様の並々ならぬ苦労を知ることでもありました。

そこに、今回の国策としての修理事業の決定、並びに郷土歴史博物館においての特別寺宝展です。

力が入らない訳がありません。

寺宝展の顔となる「大愚禅師座像」が開山堂から運びだされる姿には、感極まりました。搬出前には、学芸員様と業者様が参列される中、お経を唱えました。しかし、経中様々な思いが浮かび大愚禅師の思いに少しも叶っていない自分の非力さ、浅学菲才に反省するばかりでした。

なにはともあれ、着々と準備は進んでいます。勿論、不安は多けれどもそれ以上に励んでいきたいと思います。


「いよいよ・・・」
2018・11・1(木)


本日、文化庁より重要文化財保存修理事業の国庫補助が発表されました。その一覧に、「大安寺」の名前がしっかり明記されていました。


いよいよです。

先の、平成20年6月9日に重要文化財に指定されてから10年が経過しましたが、これより国のご指導の下で大安禅寺の本堂ほか7棟の大規模な保存修理事業が本格的に始まります。そして何よりも、現在、国が管轄する全国の重文建造物保存事業は100件以上あります。その中でも特殊修理に位置付けられる物件は10点ほどです。その1点に大安寺が今回認められたことが大変名誉な事であり、福井の歴史的建造物の価値が認められた証拠でもあります。それは、今後福井の文化財を護持していくうえで大変貴重な事であり、県内で前例のない事業ですから新たな基盤を作ることになります。


↑全国の名高い寺社仏閣と同列に大安禅寺の名前があります。

これほど当山を護持護法しているものとして嬉しいことはありません。勿論、これからの道程は険しく厳しいものですが、私が代々先人方から引き継いできたものが多くの人々に認知され、また福井の人々の心の拠り所として仏法興隆の一端を担えると思うと、感極まるところがあります。

思い返せば、住職である父親、そして祖父が越前松平家の菩提所ともあり、明治以降は財政も厳しく、荒れ果てていくお寺を身を粉にして、檀家様と護持し、父親にあっては観光という門戸を開き本人にしか理解できない荷物を常に背負い歩んできた背景を知っているので、その喜びは一入です。

未熟者の私がどこまでできるかは分かりませんが、修行道場より戻ってきて約10年、多くの人の支えが有って今があることを存分に味わってきました。引き続き、このご縁を深め更に意義ある事業に仕立てていき、福井にとって大きな価値のあるものになるよう尽力していきます。

それに先立ち、来る今月9日には「重文大安寺本堂ほか7棟保存修理事業」の記者発表を当山にて行う予定です。

一歩一歩、着実に歩んでいきたいと思います。




「晋山式」
2018・10・31(水)


27日より3日間、神戸市垂水にあります洞養寺様の晋山式へ加担に行ってまいりました。新しく住職となる和尚様は、私が修行道場で大変お世話になり今も公私ともにお世話になっています。

天候は、祝い事には申し分ない晴天となり全てが和尚様の人徳の賜物であることを実感しました。そんなお人柄もあって式には、100名近い法縁の和尚様と、多くの檀信徒様が集まられ、皆様が見守る中で粛々と、また盛大に晋山式が執り行われました。



その雄姿に、感極まるところ多々ありました。道場時代に、ご教示頂いた一言一言を思い出しながら精一杯盛り立てさせて頂きました。

晋山式とは、言わばお寺と僧侶の結婚式です。現在、後継ぎや護持護法の問題が多いこの時代にあって、このような盛大な式ができること自体が、本当に稀有な事だと実感しました。何よりも、お寺の親族様やお檀家様の喜びに満ちたお顔が強く印象に残っています。そして、改めて多くの人の心によって私達は、支えられ生かされあることを知る機会にもなりました。

私も、来年から本格的に始まる修理事業に向けて褌の紐を締め直して、精進したいと思います。



「山は是れ山 水は是れ水」
2018・10・26(金)


「地震雷火事親父」とは怖いものの代名詞。因みに親父は台風を表わしているそうです。今年は、そこに大雨による洪水も重なり、自然の驚異を心底思い知る一年でした。そして、その被害で失われた多くの尊い命がありました。それには、心痛の極みであり、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご遺族の皆様には心からお悔やみを申し上げるばかりです。

福井も2月、昭和56年の豪雪以来となる大雪に見舞われました。その影響で大安禅寺も多くの被害が出ました。朝から晩まで除雪作業の日々は、今でも忘れられません。掻いても掻いても降り続ける雪に恐怖まで覚えました。それが自然のことと理解しつつも、受け入れられない事実に、ほとほと疲れ果てていました。

そんな日々も過ぎゆき、気付けば今年も残すところあと約2ヶ月となりました。

境内の紅葉も色づき始め、山々も薄っすらと紅く染め始めています。

有名な禅語の一つに

山は是れ山 水は是れ水


というものがあります。

「何を当たり前のことを言っているんだ」と思われた”あなた”は大正解!ですが、その当たり前のことが一瞬にして当たり前じゃなくなることが、私達の人生の常であることを教えられたのも、この一年の事実です。

この禅語が、私達の人生を心豊かにしてくれるものにするには、「当たり前じゃない、当たり前の世界を大事にしていく」という味わい方が必要なのです。もっと言えば、その体験が必須です。

山は山、されど山に非ず、されど山である。
水は水、されど水に非ず、されど水である。

例えば、同じ水でも運動する前に飲む水と、運動後に飲む水では美味しさが違うように、味わい方ひとつで、対象となるものの見方は変化します。それは、水が変わったのではなく自分自身の見方が変わっただけの事です。

苦しみの中にある喜び、喜びの中にある苦しみ、その両方を味わってこそ人としての醍醐味だと私は思います。

私は、今年の雪の恐怖の中で生きる喜びを知りました。一人ではどうしようもない被害状況の中で、助けて下さる人の温もりを知りました。自然の偉大さを知り、自分の未熟さと、生きる力を知りました。冬の冷たさに、うららかな春の訪れの有難さを知りました。

全ては、別ものではなく相反するものが一つとなって今日の私の感動が有るのだと知りました。

すると、同じ山でも私の見ている山は私だけの山なのです。もちろん、誰が見ても山は山です。それが、どれだけ有難い事か、私は山を山と見る自由をすでに頂いていることが。


「私を使う。」
2018・10・24(水)


この時期になりますと、落ち葉が掃いても掃いても散ってきますので掃除・掃除・掃除・掃除の毎日です。

明けても暮れても掃除。

歌人・与謝野晶子さんは、その散りゆく銀杏の葉っぱを見て

金色の ちひさき鳥のかたちして
銀杏ちるなり 夕日の丘に

と歌われました。

いやいや、そんな心境には到底なれないですよ。私には、どう見ても「金色のちいさき鳥の形」にはみえません。「あ、掃いたばっかりなのに!!」と思うのが常です。だからこそ、掃き続ける他ありません。

でも、掃除をしながら思うんですよね。「秋だなぁ・・・」と。落ち葉を掃くことで、知れる秋がある。

そう思えば、また落ち葉を掃くのも一興です。面白いもんです。楽しいもんです。

浄土真宗の僧侶であり、教育学者の東井義雄先生は、

川は岸のために 流れているのではない 川のために岸ができているのである

と仰っています。含蓄のある言葉ですよね。沿岸に沿って、川は流れているように見えるけれども、川が岸を作っていく。私達も同じです。運命という岸に流されているのではなく、私の命の使い方次第で、岸という運命が作られていく。

そう考えると、命の使い方(使命)次第で、命の運び方(運命)も変わるとも言えますね。

移り変わりゆくこの人生に使われていれば、落ち葉掃きも面倒と思うけれども、私の心を積極的に使えば、あら不思議!落ち葉掃きが「秋の知らせ」になるとは大発見!

それでも、「あ、また落ちた!!」と毎日落ち葉と格闘の日々です。

今日も私をしっかり使おう!


「大安禅寺の名宝展」
2018・10・23(火)


先にも報告したように、来年3月21日より福井市立郷土歴史博物館に於いて開催される「大安禅寺の名宝展」に向けて着々準備を進めています。

今日は、展示宝物の最終調査を行いました。今までは、美術品や什物・文書などを中心に調査してきましたが、今回は染織物である祖師方の法衣を調査しました。一番古いものは、開山大愚禅師の袈裟・大掛絡(おおがら)で、約350年前のもの。当時の染織技術の高さをうかがい知ることができました。

また、興味深かったのは「寿」が随所に織り込まれた大掛絡や、大安禅寺ならではの「松平家の葵の紋」と「豊臣家の桐の紋」が施された袈裟が有ったことです。それらは、お殿様から拝領されたものですので、福井藩松平家との関わりの深さを更に知る貴重なものであることを改めて確認しました。そう考えると、時を超えて、宝物から当時の大安禅寺の営みを想像し、お殿様の思いや祖師方の姿に少しお近づきになれた気分になりました。

全てを展示するのは無理ですが、この中から数点展示を考えております。これほど昔の法衣を観られる機会は、稀なので是非とも楽しみにしていてください。



そこで、少し法衣にまつわる禅語を。

禅書である『無門関』や『碧巌録』に出てくる「麻三斤」という禅語があります。唐代の禅僧・洞山守初禅師の言葉として伝わっています。

洞山和尚、因に問う、如何なるか是れ仏。山云く、麻三斤(まさんきん)

『無門関』


ある日、一人の僧が、洞山禅師に問います。
「仏とは何でしょうか?」
すると、洞山禅師は答えます。
「麻三斤」と。

「麻三斤」とは僧衣を作るに必要な麻の量のことで、1800グラムぐらいですね。

よしよし、ならばお仏壇のご本尊をどかして、衣を供えて拝んでいきましょう。その次の日には、果物でもいいですね。果物供えて拝みましょう。その次は、草履でもいいかな。でも、本気で実行する人はいないでしょうね。お寺にお参りしに来る人が、ご本尊拝んだら、草履だったら怒りますよね(笑)

最近、「腹立てるより、腰骨立てましょう。」なんて言ってますが、「腹立てたら、合掌!」も良いですね。だって合掌しながら怒ってる人は、見たこと無いでしょう。

とにかく「麻三斤」でろうと、大愚禅師の袈裟であろうと、合掌しようと思えるうちは、幸せですよ。私の法衣も、350年後には何かしら展示されるのかな?いやいや、雑巾ぐらいがちょうどいいかな。

それすらないか(笑)

精進精進。



「日々新たに」
2018・10・21(日)


秋になり、その装いを境内の随所にも見られるようになってきました。
拝観のお客様も庭を望みながら、ゆったりとくつろいでおられます。その皆様が、口々に「癒される」と仰います。

思えば、お寺は「憩いの場」としての立ち位置もあります。つまり人が集う場所です。当山は、観光という立場でも門戸を開いていますので、多くの人が其々の思いを持って訪れます。されど、寺内に入れば、そこはお寺ですから凛とした空気が漂い、背筋が伸びて改めて自分を見つめ直すこともできる場所です。

移り変わりゆく世の中に在るからこそ、「日々新たに」生きて行くことが大事だと感じます。そんな、皆様の出発点となるようなお寺でありたいと、私は考えています。

ですから、気が向いたらお気軽に、大安禅寺へ遊びに来てくださいね。




「私の無常を生きる。」
2018・10・18(木)


天高く馬肥ゆる秋

空の青さに心まで奪われそうになる時があります。今年の酷暑が嘘のように、秋の清々しい気候に癒されて遠い昔のよう、、、

北陸は、どうしても曇天の日が多いので、ここ最近の心地よい気候が、本当に有難く、小さい頃は、気候の事などに目を向けることはありませんでしたが、一日一日の過ごし方も歳を重ねるにつれて、心の持ちようで変わることを実感しています。

さて、昨日は一日中法話三昧でした。午前中は、あわら温泉のグランディア芳泉様にて「曹洞宗北信越管区婦人会」様の講演、午後からは同じく清風荘様にて「関西神溶会」様と二本立でした。こういった講演にお招きを頂くことは、本当に有難いことで自分を見つめ直す機会にもなります。



曹洞宗のお寺様とは近年宗派を超えて、盛んに交流をさせて頂いております。更に言えば、岐阜県の青年会(青年僧)の皆様とは一緒に研修を行なうなど、日々変わりゆく時代に禅僧としての役割を真剣に考え活動させてもらっています。その中、今回、地元福井にて曹洞宗の皆様にお招き頂けたことは大変嬉しいご縁でした。

この度の、法話の根幹に据え置いた歌は、道元禅師の「本来の面目」です。



春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪消えで すずしかりけり


そのまま捉えれば、季節の事象をあるがままに詠ったものですが、この歌の読み取り方は様々あります。

「すずし」とは古語辞典で調べますと「曇りのない、はっきりしている」と出てきます。つまり、自分の心を覆い隠すものは一切無いということです。そこで、私は春夏秋冬という移り変わりゆく無常の世を、あるがままに受け入れていくことこそが、本来の私たちの生き方であり、そのまま人生を幸せに生きて行くことだと読み取り、話をさせて頂きました。

しかし、私達の人生は、大小関係なく受け入れ難い事ばかりの方が多いのではないでしょうか?それに、人は誰しもそういった事象から目を背けたり、目を覆い隠したくなることのほうが自然に思います。ですから、原稿を作っている時、自分で考えておきながら〝受け入れる〟という言葉にひっかかりました。

禅宗では、道元禅師の歌にある心を「仏心」「空」「無心」と言います。言い方は違えど、どれも同じココロを指します。どのような事が有ろうとも、何ものも覆い隠すことのできない心が有るということです。ならば、「受け入れられない」ということも又、私達の自然な姿であると思います。

ですが、大事なのは「受け入れる」「受け入れない」の問題ではないということです。

「押してダメなら、引いてみろ」とは少し違いますが、それは方法論でしかなく大事なのはその元にある「心」に気付いていくことです。


私の知人に、愛息を亡くされた女性がいます。当時の哀しみに暮れる姿、どうしようもできない感情を押し殺す彼女は、まさに、到底受け入れられない苦しみと悲しみの真っ只中に居ました。

私は彼女に掛けられる言葉など、何一つ見つかりません。ただ出来るのは、彼女の吐露する言葉に耳を傾けることしかできませんでした。そして、彼女は言います。

「和尚さん、私はこの事実を事実と分かりながらも、受け入れることなんてできません。和尚さんは、それでも受け入れろと言うんですか?私には無理です。どうしたらいいんですか?」

「受け入れられませんよね。到底、受け入れられることじゃないですよね。」

そこには、そんな言葉しか掛けられない情けない自分しかいませんでした。

それでも、勿論私は「何か」を信じてお参りに伺い続けました。それから、2年経って3周忌。彼女は、まるで別人のように晴れやかな顔で、私を迎えこう仰いました。

「和尚さんようやく分かりました。毎朝毎朝、仏壇でお経を唱え心の中で息子と話しました。それでも、やっぱりこの苦しみと悲しみを受け入れることはできません。でも、私は分かりました。受け入れられないと受け入れることが出来ました。これからも、息子と共に生きて行きますね。」

私はその言葉に、衝撃を受けました。

彼女にしか分からない、真実の言葉に。

それは、「受け入れられない」という「悲しみと共に生きて行く覚悟」をされた彼女の受け入れ方だと私は感じたのです。

季節はそれでも、移り変わりゆきます。

春が終われば、夏が来る。その次には秋と冬。そして、また雪解けとともに春が来る。

その中で、季節と同じように喜びと悲しみを繰り返しながら生きて行くのが私達です。

無常を受け入れることとは、無常の世を生きる覚悟ではなく、私の中の無常という、とどまらない心を生きて行くことでは無いでしょうか。

「受け入れられないと受け入れる」

悲しみの時は悲しみの中に生き
苦しい時は苦しみの中に生き
楽しみの時は楽しみの中に生きる

彼女のこの言葉に、私はそう教えられたように思います。

花が咲けば春を知り
ホトトギスが鳴けば夏を知る
月の美しさに秋を知り
雪の冷たさに冬を知る

そう思えば、あの夏の暑さは忘れたのでなく、今日の心地よい風の中に、夏の暑さを思い出している私がいるのです。



「暁幼稚園講演」
2018・10・16(火)


「和尚さん!!こんにちは!!」

子どもの晴れやかな大きな挨拶は、元気をもらえます。

今日は、地元の暁幼稚園様に講演に行ってきました。暁幼稚園様とは、かれこれ5年ほどのお付き合いで、年長クラスの子供たちが初秋に坐禅体験に来られます。いつも一所懸命坐っている姿に学ぶことはたくさんあります。

そのご縁で、今日は親御さん約100名様に対して「子育てとは?」という講演依頼でした。
いやはや、最初は受けるのを躊躇しました。なぜならば、私自身も三人の父親だからです。日々、子育てに迷って、悩んで、苦しんでいるのに、「子育て」について人に話せる立場にありません。むしろ、私がご教示を賜りたいくらいです。ですが、妻に「等身大のあなたの話しをすればいいんじゃないの?」と言われ、考えた末に引き受けさせてもらいました。

ですから、内容は一人の僧侶として、一人の父親として日々の「子育て」の葛藤について話しました。

テーマは「子は宝」

子どもという いのちの袋の中には いろいろな宝物が入っている
その宝物は 子ども自身さえ 知らずにいる
出典『東井義雄先生の言葉』


東井義雄先生の言葉です。

「子は宝」、子供の何が宝なんでしょうか?

更に言えば、、、

「子供叱るな来た道じゃ 年寄り笑うな行く道じゃ」

親からすれば私は、いつまでも子供です。子供からすれば私は、いつまでも親です。ということは、一人の人間として考えれば、大人と子供の境なんてありません。

ゆえに、私自身の宝に気付くことは、そのまま子供の宝にも気付けるということです。

また詩人の谷川俊太郎さんは、「成人の日に」の中で、「人間とは常に人間になりつつある存在だ」と仰っています。成人とは、人に成ること。面白い観点ですよね。うちの真ん中の娘が、弟がまだ赤ちゃんの時に「早く人間になれー」と言っているのを思い出しました(笑)

内容はともあれ、親御さん皆様が、本当に温かくて終始和やかに聞いて下さり、私自身も楽しむことが出来ました。

思えば、依頼を受けてから今日まで、改めて「子育て」について考えさせてもらう時間でもありました。そう考えると、子を持つ同じ親として共に学べた時間だったとも言えますね。


最後に、その谷川俊太郎さんの詩を紹介します。

「成人の日に」

人間とは常に人間になりつつある存在だ
かつて教えられたその言葉が
しこりのように胸の奥に残っている
成人とは人に成ること
もしそうなら
私たちはみな日々成人の日を生きている
完全な人間はどこにもいない

人間とは何かを知りつくしている者もいない
だからみな問いかけるのだ
人間とはいったい何かを 
そしてみな答えているのだ
その問いに
毎日のささやかな行動で
人は人を傷つける
人は人を慰める
人は人を怖れ
人は人を求める

子どもとおとなの区別がどこにあるのか
子どもは生まれ出たそのときから小さなおとな
おとなは一生大きな子ども
どんな美しい記念の晴れ着も
どんな華やかなお祝いの花束も
それだけではきみをおとなにはしてくれない

他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ
自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ
でき上がったどんな権威にもしばられず
流れ動く多数の意見にまどわされず
とらわれぬ子どもの魂で

いまあるものを組み直しつくりかえる
それこそがおとなの始まり
永遠に終わらないおとなへの出発点 
人間が人間になりつづけるための
苦しみと喜びの方法論だ
詩人・谷川俊太郎


「完全な人間はいない」という「完全」な人間。

私達は、お互いに補って生かされていることに気付かなければいけません。その気づきが、今の自分のこだわりの殻を破ってくれます。「いまあるものを組み直す」それは、日々新たに生きて行くとも言えます。その連続が、大人の出発点であり、永遠にそれは終わらない。人間が人間に、私が私である為には、苦しみも喜びも必要だということです。

今回、貴重な時間と、素敵なご縁を下さった暁幼稚園様には心より感謝申し上げます。
さぁ、明日は講演が2本!!芦原温泉で頑張ってきます!!

日々精進‼



『坐禅会』
2018・10・13(土)


昨日の晩は、当山の坐禅会でした。
私事ですが、私は出来るだけ一日最低30分は坐るようにしています。家族が寝静まった後に坐るのですが、長い時は1、2時間。一人で坐る坐禅と、また坐禅会で参加者の皆様と坐るのでは違った趣があるので、それぞれに大好きな時間です。と言いましても、それは現在の話し。

この会は、父親が始めてから、かれこれ約40年が経ちます。

記憶の中を探ると、私が初めて参加したのが小学5年生位だったと思います。最初は、訳も分からず坐らされて、正直面倒な気持ちで坐っていたように思います。坐ったからどういう心境になったという記憶よりも、一番覚えているのは、警策(肩を叩く)の痛みですね(笑)しかし、中学生に入りますと思春期もあって坐禅会から遠ざかっていきました。そのまま、京都の高校へ進学しましたから、帰省した際に父親に勧められて参加するくらいでした。その後、積極的に参加し始めたのは大学四回生の時です。それは、卒業後の修行道場の事も見据えてのことだったと思います。ですから、坐禅にいい思い出はこの時点ではありませんでした。それは、情けないことに未熟者、修行道場でも変わりませんが。と言うより、気付くだけの余裕が無かったとも言えます。

しかし、月日が流れ、現在ようやく坐禅の良さを味わえています。

参加される方の中には、口々に坐禅の効能を聞かれる人もおられます。


参加者「心は強くなりますか?」
ワタシ「いいえ」
参加者「え・・・?じゃあ何故坐るんですか?」
ワタシ「坐りたいからです。ま、とにかく一緒に坐りましょう。」


参加者「私は怒りっぽい性格で、それに嫌気がさしてきました。ですから、坐禅をすれば自分をコントロールすることができますか?」
ワタシ「いいえ。というより、既に日々コントロールできているから生活できているんじゃないのですか?」


参加者「子供が、落ち着きが無いので、しっかりご指導お願いします。」
ワタシ「・・・そうですか。では、一緒に坐りましょう。」
参加者「いえ私は、仕事が忙しいので子供だけお願いします。また終わる頃に迎えに来ますので。」
ワタシ「・・・・お父さんが、先ずは落ち着いて下さい。一緒に坐りましょう。」
参加者「・・・・わ、わかりました。」

人生いろいろ、心もいろいろ、人だっていろいろ、です。答えは、坐った人にしか分からんですね。

だから・・・。

「足痛い。」「面白くない。」「来なければよかった。」「無心になれませんでした。」
「良かったです。」「落ち着きました。」「気持ちよかったです。」「悟りました!」

感想もいろいろです。敢えて言うならどの感想も正解だと私は思います。語弊が無いよう
に言えば、全て間違ってもいるんですが。

大事なことは、坐禅をした事実と、それで終わらないことです。もっと重要なのは、坐って色々感じているあなた自身です。そして、どんな切っ掛けであっても坐禅実践を心掛けて、大安禅寺に来て下さったから頂けるご縁は、本当に有難いものです。

そんな、私達は坐禅をしなくても生きていけるんですから。

笑ったり、泣いたり、怒ったり、悩んで、時には喜んで。そんな素敵な自分を先ずは大事にして頂ければ幸いです。

でも、言っておきます。坐禅は、本当にいいものです。
ちょっと、思い立ったら是非!!毎月第2第4金曜日の夜に開催していますので、お気軽にお問合せ下さい。

今日のお月さんも綺麗です。

雑言妄言失礼しました。



『京都へ』
2018・10・12(金)


昨日から、名古屋に次いで京都へ出張でした。目的は、打ち合わせ3件と修行道場で一緒に過ごした1年後輩の入寺披露が目的です。

その後輩とは、大学からのご縁で、かれこれ17年の付き合いです。また入寺するのが、当山と深い付き合いのある本山妙心寺山内、雑華院様ともあり不思議な仏縁を感じずにはいられませんでした。

祝斎(お昼)には、管長猊下はじめ、妙心寺山内の関係和尚様方、法縁のお寺様に御親類と多くの方が参列される中で、立派に立ち振る舞う彼の姿には、感慨深いものがありました。

17年という月日を考えれば長いように思えますが、「光陰矢の如く」今日この日を迎えてみますと早いものです。思い返せば、学生時代の私達は、深く将来のことなんて考えず日々を過ごしていたように思います。

(いや、勝手に私がそう考えていただけかも知れませんが。)

そこから、道場に移ると関係も一変します。厳しい上下の関係性の中でも、お互いに切磋琢磨し助け合いながら知っていく人柄は、学生の時とは一味違うものでした。それこそ、「同じ釜の飯を頂く」ことの有難さをヒシヒシと感じたものです。本当に人を知るということは、その人間の裏も表も味わって受け入れていくことにあるような気がします。そして、それぞれの道を今日まで歩んできて、稀有な事に、深い法縁を持つ雑華院様の後継ぎとなるとは、人生本当に何が起こるか分かりません。彼とは、まだまだ長い付き合いになりそうです。

今日は、そのことを素直に嬉しく感じた幸せな1日でした。

写真は、本山御用達御料理屋「あじろ」の精進料理です。勿論、品数はまだまだ出てきます。因みに、一般の方も妙心寺前の「あじろ本店」で味わって頂けますので、
大安禅寺